Blue 7の不可解な辺りを憶測してみる
以前Twitterに書いたネタですが…
ソニー・ロリンズのアルバム「サキソフォン・コロッサス」ラストのBlues 7というジャズ・ブルース曲についてです。
CDでもストリーミングでもいいので音源をチェックしてもらういながら読んでもらうと幸いです。
このブログは殆ど読者がいないのでそんな面倒なことを要求したからってどうということもないんだよね!
さて、この曲のKeyはBbで普通の12小節1コーラスのジャズ・ブルース進行です。
テーマがちょっと独特の怪しさがあって好きです。
ベースのみから始まるのも面白いし、これから始まる不穏な旅路を暗示しています。
タイム4:20付近から2分くらいの長いドラムソロの後、暫くロリンズがソロを取りタイム7:00を過ぎた辺りで再びテーマに戻ります。
テーマに戻ったらそろそろ曲も終わりだなあという気分になります。
ジャズ・ブルースの場合だと2コーラス繰り返して終わりというがよくあるパターンです。
ところが終わりません。まだ演奏時間が数分あるの目視でわかりますネ。
ここからなんとも要領を得ない展開に入っていき、自分も憶測と妄想の世界に入っていきます。
以下は全て憶測と妄想ですのでどうか怒って読んでください。
ロリンズがテーマが吹き続けるのかと思いきや、ちょっと要領を得ないフレーズをしばらく繰り返す場面があります。
ここで何が起こってるのかギターを合わせながら注意深く聴いてみたのですが
どうもベースが怪しいです。
7:00過ぎにテーマに戻った際、ベースはハーフテンポっぽく二分音符でベースラインを弾き始めるので、コード進行も倍の長さで取ってしまったのでは?と考えたのですが
微妙にそうでもないです。
このテーマに戻ったコーラスの9小節目(タイム7:17辺り)からが怪しいです。
「9小節目Cm7」 → 「10小節目F7」 → 「11小節目 Bb7- G7」→「12小節目Cm7 - F7」
と行って頭に戻るべきところ、ベースだけ
「9小節目F7」 →「10小節目F7」 → 「11小節目Eb7」 →「12小節目Eb7」
「13小節目Bb7」→ 「14小節目Bb7」→「15小節目F7」→「16小節目F7」
と行ってるように聞こえます(コードはちょっと違うかも)。
9小節目からツーファイヴではなく通常のブルース進行になった上でそこが倍になって
1コーラス12小節ではなく4小節増えて16小節になっている状態。
この16小節の後、ベースは「コーラスの頭に戻ったぜ」という感じで四分音符のウォーキングラインで1コーラス12小節のパターンに戻っています(タイム7:31辺り)が
ピアノはずっと12小節のパターンを弾き続けていて、ロリンズのサックスも同様の感覚でいると思われます。
ブルース進行というのがまた混乱を引き起こしていて4小節ズレているのに、コードが合ってる瞬間があってたりして「あれ?やっぱり合ってる?あれ?でも合ってない?」というふわふわした状態が暫く続きます。
タイム8:09辺りでサックスが「ここで1コーラス終わりだよね…?」といった感じで吹くのやめてピアノに渡します。
ピアノも「そ…う…だよ…ね…?」と伺うように弾き始めますがタイム8:30辺りで弾くのやめちゃいます。
ベースを聴くタイムです。セッションで見失った時によくある感ある。
9:20辺りまで聴くタイムがあり、どうやらここが頭だよねっ!といった感じで
ようやくサックスが再び入ります。
すぐテーマに戻るのかと思ったら4バースという4小節ごとにドラムソロが入るお約束のパターンを1度やってから、やっとテーマに戻りって終わりまでいきます。
2分くらいの長いドラムソロやってるし4バースしなくてもという気もしますが、呼吸合わせみたいなものでしょうか。
終わり方もなんかバシッとは終わらず、「ああなんかグダったなあ」というもや~んとしたムードが漂います。(憶測)
ロリンズが最高にどっしりメロディアスにかましくった超名盤のラストはもや~ん。
マイクロリディム
マイクロリズムというのがあります。要は通常は譜面では表さないようなすごく細かいリズムということです。
前回紹介したDavid Bruce Composerのスウィングに関する動画の3;20辺りに
Michael Stewartという人(エンジニア?)が1987年10月にSound On Soundという英国の技術系の音楽誌に掲載した記事を元にした話がされています。
ドラムグルーヴのスネアの位置をジャストの位置から僅かに前後にズラすとどのようなフィーリングが得られるかという内容ですね。
日本でも「後ノリ」「前ノリ」「ツッコミ」「溜め」とか言ったりしますが
ちょっと曖昧で解釈の幅があったりと「なんとなく」な話で終始しがちな気がします。
ところが1987年の時点でレコーディングと編集の経験の中で、もう少し具体的な知見を得た人がいて記事にもなっていたんだなあという。
同じチャンネルのマイクロリズムについて扱った動画もあります。
こんなマニアックなリズムいつ使うの?って思う人もいるかもしれないけど
DTM界隈、近年はJ・ディラやディアンジェロのVoodooで提示されていたリズムのズレからくる気持ちよさへの認知度が高まって、ちょっとピークはもう過ぎて、ある程度噛み砕き始めているといった状況な気がします。とにかくズラせばいいのではなくて、フィーリングが良いポイントを認識してコントロールしようというような。
これは打ち込みにしても楽器演奏にしてもです。
スウィングとか興味深いYoutubeチャンネルとか
ジャズで使われるスウィングというリズムは八分音符の裏の音が後ろにずれて均等でなくなることで生まれます。
タタタタタタタタ が タッタタッタタッタタッタになるということです。
ただどのくらい後ろにズレるかは演奏者の感覚と曲のテンポで変化します。
可変なのだけど、事前にスウィング比率(表と裏の長さの割合)をこのくらいで演奏しましょうとか打ち合わせたりしないです。(状況によってはするかもしれない)
David Bruce Composerという音楽の分析・理論系のYoutubeチャンネルでスウィングについて過去に分析を行った論文などを取り上げながら考えを提示しています。
ここで紹介されている話で興味深いことのひとつが、アドリブソロを取っている奏者はドラムが演奏しているスウィング比率よりも均等に近い比率で演奏しているという分析結果が論文で示されているということです。
ここで重要だと思われるのが、八分音符の裏が均等な位置に近づいているのではなく、表の音が後ろにズレて裏のほうに寄って均等な比率に近づいているということです。
ソロ奏者はこれを意識してやってるわけではなく自然な感覚でそうなっていると思われます。
表が遅れても裏はドラムが提示しているスウィング比率に準じて合っていると
演奏自体が遅れてるとかモタついているという印象には不思議とならず
まったりとしつつもスピード感は失われない雰囲気が出ます。
自分は音楽というのは何だって出だしの始めの音をピッタリ強く合わせなくてはいけないものだという価値観、環境で育ったきた気がするので、前述の話は「へえそうか成る程」となるものの、体は相変わらず表・頭重視の感覚のままなので分析的な理解を元にしたフィジカル練習が必要ですね。
具体的な練習法として、まずDAWで任意の比率でスウィングビートのドラムを打ち込み(シンバルレガートをチーチチーチと打ち込む)、
そこにシンプルなピアノの八分音符フレーズを打ち込んだ後、そのピアノフレーズの八分音符の表だけを後ろに僅かにずらす。
その表だけずれたフレーズに合わせてユニゾンで楽器を演奏するという方法を考えてやってみたりしました。録音もすると出来不出来が確認しやすい。
八分音符の話を続けましたが、八分音符を鳴らさず4拍の頭だけでスウィング感を生じさせることもあるなあと思います。
シンバルの1拍目と3拍目を長く鳴らし2拍目と4拍目を短く切る。
チーン チッ チーン チッ と。
発音のタイミング自体は4拍の頭に鳴らしてるだけですが音の長さ、エンベロープのコンビネーションでスウィングしているような錯覚を起こしてるような気が。
ジャズギターのスゥイング系リズムギターでもこれを使います。
コードを抑えてフレットから離すまでの長さをミュートでコントロールして
ジャー ジャッ ジャー ジャッ
と鳴らします。マヌーシュジャズでも使いますね。
2拍目4拍目の短い音を頂点に1拍目3拍目がラインを描いて波が描かれるイメージを持っています。
ファンク The One
The One。JBがブーツィに教えたというエピソードが有名なファンクの肝となる要素。
ブーツィはこのことをジョージ・クリントンらにも伝えたそうですね
ということでParliamentのGive Up The Funkを聴いてみてください。今すぐにだ!
今すぎに聴かねえとおまえのケツの割れ目が一周して地球ごと真っ二つだぞ!
いつ聴くの?今でしょ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!イェエエエエエイ!
というわけでこの曲は聴いてみると2小節に1回、1拍目に強いアクセントがくるのがわかります。
必ずしもイントロでは強調してなくて、さあそろそろ始めるぞってじわじわ溜めてThe Oneが開始される印象。
マーク・ロンソンのアップタウン・ファンクはどうだろう。いつ聴くの?ええ?聞こえないぜ!いつ聴くの?ヘイ!ヘイ!
アップタウン・ファンクは結構パートが多いけど、基本メインのパートはこれも2小節に1回The Oneが来る感じですね。
The Oneで周期がリセットされループする感覚があります。ループミュージックに通づるものがある気がする。知らんけど。
以前の記事でファンクにはいろんな周期が同時に流れている話をしましたが
その全ての周期がThe Oneで一度リセットされるってワケ。
時間が戻されボクたちは永遠に踊り続けことができるんだ。
アニソンでThe Oneが感じられる曲を紹介。
「女子高生の無駄づかい」っていうギャグアニメのオープニングテーマです。
サビ(動画0:50あたりから)に入ると出だしの2小節のそれぞれ1拍目頭にThe Oneが来たあと
後ろの2小節はThe Oneお休み(充電期間)という形だとおもいます。おもしれー曲。
コード!コード!コード!COOD! COOD! COOD!その2
コード(Chord)のテンションってわっかんねえなあ。
というのがあり自分なりの解釈や使い方をもやーんと下記のようなことを考えたりしています。
・前後のコードとのつながり、動きの関連性を意識している
・特定の音階やモードを指定している
・なんかサウンド
「なんかサウンド」について書いてみます。
なんかキーがCのメジャーの場合、なんかドレミファソラシの白鍵盤7音すべてを鳴らすと、すべてのダイアトニックコードの音が鳴っている状態となり
一応コードネームで表記することは可能ですが、全部の音が鳴ってしまっているので
どこをどう捉えてもどうとも言えないトニックとかサブドミナントとかドミナントとかわかんねえやつになります。
それは全てであり全てではないのです…みたいな禅問答和音です。
そこからF音(11th)をオミットすればCのトニックとしての機能が戻ってくるわけですが
ナチュラルテンションが多いとサウンドは着地感の薄い曖昧さが増すイメージを持っています。
光の三原色で全ての色を重ねると白になるのですが、和音もナチュラルテンションを重ねるほど色が曖昧になっていき最後に全ての音階の音が重なると機能を同定できない「白」になるという屁理屈。
じゃあオルタードテンションはどうなの?
オルタードテンションは色の三原色のほうで重ねるほど色が濁って暗くなっていくイメージ。
最終的に「黒」になるかどうかちょっと厳しい気がするのでちょっと弱いかもしれない。
黒の和音とか中二病感あってかっこいいけども。
・ナチュラルテンション→パステルカラーのような曖昧だけど明るみのある方向にサウンドを作っていく
・オルタードテンション→濁りを加えて不安定で暗いサウンドを作っていく
・テンションを使わない→シンプルで着地感のあるサウンドを作っていく
「なんかサウンド」カテゴリでは自分は上記のようなイメージで捉えて
そこに他のカテゴリの考え方を組み合わせてコードを使っている感覚かなあ。
コード!コード!コード!COOD! COOD! COOD!その1
Chordです。
音楽用語のコードは英語でChord。チョードって言いながら書いています。
語源としては紐的なやつを意味するCordと同じっぽく、時代によっては弦楽器を指すこともあるようですが、数百年前からある言葉らしく詳しいことはわからないです。
和音を記号化したものとして使われ出したのは20世紀前半らしく、有名なバークリー音楽院(の前身)が体系化して広めたみある。
発明、発案者に関しては「オラ、こいつっぺえとは聞いてるけんどもよお。よくわかんねえや!わくわくしてきたぞ!」という感じなのでWikiなどから調べてみてください。
学校で教えだした頃にはおそらく既に巷でよく使われていて、使う人によって細かい部分のルールがバラバラだったと予想出来るので、「こまけえこと解釈一致するだろ。常識的に考えて」って動きになったっぽですね。
記号化ならChordじゃなくてCodeじゃね?という気もするけどよくわからない。
もしかしたら
「あぁチミ、コード(記号・Code)書いといたからさ、これで演奏ヨロね」
「あっ、はいわかりました!(えぇぇ譜面はどこ?コードって何?Cord?Code?…そんな筈はないぞ。たぶんおそらくだがChordだな。他の奴にも教えたろ)」
数年後
「我々は今世に広まりつつあるChordについて正しい見解を示し天下統一ためここに寺子屋を開くのである!立てよ国民!ジークバークリー!ジークバークリー!」
(言語の伝播でおこりがちなことだけど、あくまでこれは憶測だけんど)
記号化によってすごく難しそうだった「和音」が抽象概念化し、なんだか行ける気がするぅという概念を獲得した人類は、その概念を利用した新しい着想から音楽を生み出し20世紀中盤から後半の商業音楽において…
ってこういう話をしたかったわけじゃなかったので、「その1」をつけてここまで。
こういった話は菊地成孔さんの著書などが詳しいのでそちらを。
グルーヴ心理的ゆらされ
グルーヴとは何か?という話題はよくあるやつです。山と里どっち派?とかエフェクターはマルチとコンパクトどっちか?とかよくあるやつです。
正直山と里どっちもそんなでもないけど空気読めない奴と思われないようにどっちか言っておくかとか、マルチ派って言うとイージーな気がするからコンパクト派って言っておくかとか、よくあるやつです。
グルーヴについて自分なりに導き出したのは
「強制的に揺さぶられている錯覚を引き起こされてること」
です。
強制的は受動的でもいい気がする。
車が走行中に小さな凹凸を超えた時や、海水浴で海面に浮いているときちょっと大きめな波がやってきた時など、抗いようもなく体がグワンと上下動する際の体のうねり感。
それらは実際に物理的に大きく揺らされているのだけど、音楽上ではその感覚を音が持つエンベロープとその配置によって表現し、脳にうねった揺れを想起させ身体が同期を促される状態をグルーヴとすることを私決めたの!
ダンスミュージックを聴いてるとノるつもりがないのにノッてきちゃうことがあるのですが、逆に自分からリズムに合わせて体を揺らしてノることもあります。
この受動性と能動性の割合で受動性が勝ってる場合がグルーヴがあると私決めたの!
受動性を生じさせるには音が持つエンベロープの違いや、低い音高い音強い音弱い音強い力弱い力電磁気力重力などを駆使して、リズムにダウンアップの波を作り出すことを意識するのが大事だと思っています。
シンプルなドラムの8ビートで考えるとダウンビートのバスドラムで重く下に沈み、アップビートのスネアで跳ね上がる、という形で上下動の波を生じさてるイメージです。
これが四拍ともバスドラムのみ、スネアのみとなると上下動の幅がなくなり、その場合自分の脳内のほうで能動的に波を想像してグルーヴを補完することになる…
と結論づけるのは早計で(「…」は「……」と書かないといけないとみたいなルールはあくまで業界ルールみたいなもので個人ブログがそれを守る必要はありません。平仮名で書くべきとされるものをゴリゴリに漢字で書いてもべつに自由)
単一の音色が繰り返される場合でも前述した「エンベロープ」が作用して上下動の波が生じることがあります。
バスドラムであれば
ドッドッドッドッ
ドンドンドンドン
ドゥンドゥンドゥンドゥン
と同じ四音の繰り返しでもそれぞれに波の違いがあり、それはグルーヴの違いになる。
「ドゥン」なんかアタックの後に一度膨らんで波のうねりが生じてるので、便宜上「1音」とはいっても拍の頭の音の16分裏でもう一音鳴ってるみたいな感じありますね!
ベースとかプラックとかを拍頭のキックの16分裏で鳴らす表現、ダンスミュージックでよくあります。
個人的にはボールが一度地面にショートバウンドしてから壁に当たったときの「ダダンッ」というあの感じのイメージがあり、これは強制的に震わされてるのような感覚があって面白かっこいいと思っています。
こういったことの組み合わせ、それと前回記事で書いた独立した複数の周期性が合わさっていくと心理的なゆらされ感が強まり、グルーヴがトゥゲザー!
ぱわー!